
Papa Maman House の Boss、村上 敬博(のりひろ)が、
趣味や体験を通し考えてきたパパママハウスの目指す方向性やポリシーなどを、ライトなエッセイにして連載してゆきたいと思います。
お時間ある時に、お読みいただければ幸いです。
夏から秋に変わり、近ごろ肌寒いほどの風が吹きはじめました。通常ならば一番心地良く過ごせる季節のはずなのに、この急な秋の訪れが爽快感を生むのではなく、逆に少し、何故か心寂しくさせるように思われるのは自分だけでしょうか...。
11/10/12 [ ...続きを読む→ ]
平成23年3月11日に発生いたしました東日本大震災に際し、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げますとともに、被災地の1日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。
弊社では、公式的な支援等は公表をあえて差し控えております。 義援金及びそのほかの支援等については社内のみで対応しており、義援金だけでなく、必要と思われる物資、スタッフの家庭内で使っていない私物・家電品等を集め、社員のご尊父様により気仙沼まで運んでいただき、直接被災者の方にお渡しいたしました。復興援助活動はこれからも続けます。
この公表だけでも、省かれるべきほんの些細な活動にすぎません。
今回はかなり久しいエッセイ投稿でありますが、この度の震災被害に対し、家づくりに関わるものとして想うことも多く、批評めいた文言も飛び出しそうで、書きすすめてゆくにあたり今から若干の不安を覚えています。
11/5/09 [ ...続きを読む→ ]
かつて僕は、理系出身の技術屋で、技術端分野のみの仕事と、大企業内での人間関係だけを気にして毎日を過ごしていた。
自分の仕事に意義が見いだせず、密かに会社を辞めようと考え始めたのは、そんな日々が続いた27歳の頃。何でもいいからライセンスを取り次の仕事に役立てたい、そんな想いで、宅地建物取引主任者試験を受けた。当時勤めていた会社には内緒で勉強・受験し、何とかぎりぎりで合格することができたのだった。
宅地建物取引主任者試験の受験日は、毎年10月の第3日曜日というのが恒例で、当時、東京にいた僕は池袋のとある学校で受験した。試験当日の朝、夏の名残はどこにも見当たらず、これぞ秋本番というような肌寒さだったことを今でも覚えている。だから毎年、僕の秋は10月第3日曜日から始まる。
確かその翌日が、1987年のブラックマンデー...最近の世界経済をぼんやり見ていると、あの時分の再来の予感がする。
10/10/23 [ ...続きを読む→ ]
やっと秋らしくなってきた。夏の間、特に猛暑だった今年の夏は何故か、40年以上も前のこと、自分の家の傍に広がっていた田んぼの風景を思い出すことが多かった。頭の中に流れるB.G.M.は、決まって細野晴臣の『夏なんです』。昔は、暑いと言っても温度計が示すのは、せいぜい30℃程度だった筈なのに、いまや35℃以上は当たり前。「酷暑」なんて言葉ともすっかり馴染みになってしまった。そんな夏が、ようやく終わりを告げたようだ。
10/9/26 [ ...続きを読む→ ]
一昨日、北米から名古屋に帰ってきた。
飛行機代をケチった(?)からか、約30時間もかかった帰国の旅。空港に戻り、その1時間後には、仕事の交渉や打ち合わせがギッシリの日常に戻る。トランジットから家に着くまで何も食べず、胃薬だけで過ごしたせいだろう。どっぷり疲れに襲われて、2日間、点滴状態。倦怠感に全身が覆われていた。
若い頃ならば平気だったのに、と正直、自分の歳を感じたりもしたが…。
10/6/23 [ ...続きを読む→ ]
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