Vision of Papa Maman House

JAZZ について(Chapter.2)

「九十の端(はした)を忘れ春を待つ 」雑誌を読んでいてふと目に留まった句だ。90歳を過ぎてしまえば91歳だろうが、92歳だろうが、端数など関係なくなり、ただただ一巡り一巡りの春の訪れがありがたく、めでたいのだということらしい。
 ある著名な先生の話によると、3月の半までは亡くなる方が多い。春が来れば、もう一年は生きていけそうな気がする、「春を待つ」のはお年寄りに共通する思いだそうだ。

3月26日の桜前線が南に下がり大陸性の高気圧に包まれた今日3月26日の日本、3月も終盤というのにどうしたことか、春とは思えないほどの冷え込み。そのためか名古屋市内の桜は、咲きかけたはいいが、「いやちょっと待てよ」という感じで声を揃えて2、3分咲きのままです。
しかしあと一週間で4月1日、新しいシーズンの幕開け。新しい環境に身をおく人も多いのではないでしょうか。既にお知らせしてある通り、パパママハウスも、4月3日に東京オフィスをオープンします。その前日にはプレオープンという形で、お世話になった方々に集ってもらいオープニングパーティーを企画しています。

そこでパパママハウスの宣伝広告塔(?)として、わずかの時間ではありますが僕がJAZZをプレイすることになりました。セットメニューには、以前にここで紹介したチャーリーパーカーやマイルスデイビスの曲も含まれていますし、ブロードウェイミュージカルでおなじみのナンバーも演奏する予定です。
このときに自分たちが、スウィングできるのか?  と問われるとそれは疑問です...。なぜなら本来スウィングとは、前コラムで書いたように、矛盾の非矛盾化という離れ業をやってのけること。大袈裟に言えば...いやちっとも大袈裟などではなく、般若心経や平家物語の根底に流れる無常の精神とも繋がっているような、非常に深い命題だからです。超越者でしか辿り着けない領域、という気さえしてきます。
「この世の中の一切のものは変わり続ける、永遠不変のものはない」、無常を頭では理解していても、変わること、変わり続けてゆくことには、一種の「恐怖」がつきまとうし、大きなエネルギーが必要です。

今回、マイルスデイビスが教会音楽からヒントを得たという、モードという奏法もご披露します。マイルスはビバップから始まり、モードを展開し、より音楽の自由度を広げ、やがてエレクトリックの世界に突入してゆきました。彼も自由と、ある拘束の中で変り続けていった偉大なトランペッターであり、コンポーザーでした。
パパママハウスの東京オフィスは、果たしてスウィングしてゆけるのか? 同じところで滞留したり、もしくは過去の踏襲とかいったことにこだわることなく、変わり続けていけるかどうかが最も重要だと思っています。スタート地点に立ち、いま、少なからず緊張しています。

僕もパパママハウスも、スウィング(無常)の精神を忘れずに、変わり続けていきたい。

咲きたいけど今まだBLOOMできない2、3分咲きの桜のように、ふくらむ期待と言い知れぬ不安を抱え、春爛漫を待つ気持ち。そして4月桜咲き誇る中、パパママハウスもまた、新たな場所で「家」に対する想いを伝えてゆきたい、お客様と共に新たな「作品」を創造してゆきたいと考えています。
プレオープンでもただ漠然とではなく、「春を待つ」2、3分咲き桜のような気持ちを忘れずに、プレイできればと思います。

マイルスが言った
「Music is Free」
この言葉を忘れれないよう胸に刻んで。

村上 敬博

10/3/26

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