Vision of Papa Maman House

LIKE A ROLLING STONE

もうじき五月、一気に新緑といった状況にはいたらず、桜が咲いたのさえ幻だったのか? と思うほど寒い日が続き…季節も世の中も、そしてそれにつられたように僕の心も不安定になっていた、この頃。街路にはツツジも咲き始め、ようやく、皐月晴れの空に似うような、眩しく萌える緑も認められるようになってきたが。

ふと思えば、“冬の檸檬”も“なかなか咲けない桜”であっても、その時々の自分の心模様が影響し見せていた風景だった、と今更のように思い知る。しかも、それは鬱々とした塊であったり、心の中でささやかに応援したいものだったり、時間の経過とともに変化しながら、やがて、心の奥底へと沈み、またひょっこり顔を出す…その繰り返しなのだから、我ながら自分勝手としか言いようがない。
しかし、こんなはっきりしない気候のおかげか、あの“やがて自由落下する梅の実”も、まだ落下せず窓の向こう、実り続けている。

PMH北側の梅 10/04/26撮影

先日ある新聞で、「ローリングストーン」というタイトルのコラムを興味深く読みました。
ROLLING STONE、この言葉は、イギリスでは「転がる石には苔が生えない」という意味だそうです。伝統を重んじ、変化することをあまり良しとしないお国柄のイギリスでは、あまり良い言葉としては使われていません。
逆に変化してゆくことを良しとするアメリカでは、「常に活動している人は沈滞しない」という風に、割とポジティブな意味で使われることが多いようです。
同じ言葉でも、国によって意味が変わってくるという点、なかなか面白いですね。

しかしアメリカでも、家を持たずに、借金に借金を重ね、それを酒や博打に借金で使ってしまい、そこから逃げ出す。たとえ次の街に移ってもまた同じことをしてしまう、そんな所謂“ロクデナシ”も、ROLLING STONEと呼ばれています。

そしてROLLING STONEと聞いて、真っ先に思い出すのが、1965年に発表されたボブディランの『Like a Rolling Stone』です。
昔は綺麗に着飾って、高飛車な態度をとっていた金持ちの“ミス・ロンリー”嬢が、見る影もなく転落した姿を“Like a rolling stone=転がる石ころみたいになって”と辛辣に表現するこの歌は、虚飾や差別意識に対する、強烈なアンチテーゼ、反体制的な社会批評に満ちています。
そしてシニカルな視線のその先には、怒りというよりも、ある種の「無常」が捉えられているように感じられます。若干24歳、すでにそこまで達観していた天才の詩です。

この歌は、ロックとフォークが対立的に捉えられていた当時のミュージック・シーンにあって、フォークの思想性をロックに与え、ロックとフォークの融合を図った意欲作でもあります。60年代のロックを象徴する作品といってもよいでしょう。
フォークとロックの融合期には旧来のファンからブーイングさえ浴びながら、それでも変化することを恐れず自分の歩むべき道を進み続けてきたディラン。しかし彼の歌は、半世紀近く経った今でも色褪せることなく、多くの人にリスペクトされ、愛され続けています。

LIKE A ROLLING STONE
気持ちや生き方は、アメリカ的に、常に変化してゆけるよう
ただ、造るものはイギリス的に、苔の生えるまで永く慈しまれるものを
ディランのように…そう思うのでした。

3月に行われたボブディランの日本ツアー、ライブの最後に歌われたのは、『Like a Rolling Stone』でした。

村上 敬博

10/4/26

← 前のページへ戻る | ↑ ページトップへ